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東京高等裁判所 昭和50年(う)2403号 判決 1976年10月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人鹿野琢見、同円城寺宏、同鹿児島康雄連名作成名義の控訴趣意書および同補充書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

第一、一、控訴趣意第一、一(控訴趣意補充書を含む)は、原判示第二の道路交通法違反(右側通行)の事実につき、事実誤認を主張し、要するに、被告人が原判示日時に原判示場所で自動車を運転して右側通行したことは認めるが、当時の原判示場所の客待用タクシーやバスの停車位置およびその間の間隔等に照らして、左側通行することは不可能であったのであって、右側通行違反の罪は成立しないというのである。よって記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討する。

二、関係証拠によれば、被告人は、昭和五〇年一月九日午後七時二〇分ころ、普通乗用自動車を運転して、原判示東京都練馬区東大泉五一〇番地先道路を、大泉通り方向から大泉学園駅北口方向へ向って、時速約二〇キロメートルで進行したこと、その際右道路の中央線より右側へ車体の全部をはみ出して通行したこと、右現場は西武鉄道池袋線大泉学園駅北口の東方に当たり、東北方大泉通りより西方大泉学園駅北口前に通ずる、舗装された二車線の道路であって、現場(前記番地所在のパチンコ店日の出会館前と喫茶店ベルモンテ前との間)において、約六〇度急に屈折していること(被告人の進行方向からは、右方へ約六〇度屈折。)、現場は歩道と車道の区別がなく、道路の幅員は、前記日の出会館前(屈折点直前)において約六・七メートルであり、前記ベルモンテ前(屈折点直後)において、約七・九メートルであること、現場近くにはバス停留所およびタクシー乗場があり、とくに前記時刻ころは、夕方のラッシュアワーで、西武鉄道、バス乗降客その他で、歩行者の通行が多く、バス、タクシー、その他の車両の通行も頻繁であり、大都市近郊の私鉄駅前の、まだ都市計画の施行されていない、人も車もこみになって雑然と進行する、かなり危険な場所であることなどの事実が認められる。

三、さらに、原裁判所の検証調書によれば、本件当時タクシー乗り場(前記パチンコ店の反対側、斜め左前)にはタクシーが数台並んで客待ちのため停車していたこと、またバスが停留所前(前記喫茶店の反対側、斜め右前)の道路上で停車していたこと(ただし、バスの車体全部が道路上にあったのではなく、本来の道路上と、道路左側に接する客扱い用の広場とにまたがるような状態で停っていた。)、右タクシー乗り場にいたタクシーの先頭車の前部と、右道路上のバスの後尾との間隔は、道なりに計測して約二〇メートルあったことが認められる(右は、原裁判所の検証の際における被告人の指示に基いて認定したものであって、これよりも被告人に不利益となる指示をした山下力巡査の指示に基くものではない。原判決もまた右検証の際における被告人の指示を採用し、タクシーとバスの位置およびその間の間隔を認定したものと推認できる。従って、右認定に対して、被告人および弁護人が異議をさしはさむ余地はないものと考える。)。

四、以上の事実関係を前提として考察すると、本件現場付近の道路幅員に照らして、道路上にタクシーやバスが駐停車している部分においては、その側方を通過する際、自動車の車体が中央線よりも右方へはみ出さざるをえないことは明らかであって、その場合には、道路交通法一七条四項三号にいう「当該車両が道路の損壊、道路工事その他の障害のため当該道路の左側部分を通行することができないとき」に該当し、右側通行違反の罪が成立するものではない(もっとも、原判決は、この場合を、同法同条同項二号にいう「当該道路の左側部分((右側部分とあるのは誤記と認める))の幅員が当該車両の通行のため十分なものでないとき」に該当するとしているが、同号にいう「道路の幅員」とは、道路の構造上の幅員を指すのであって、駐停車中の車両が占有している部分を除いた幅員を指すものではない。原判決のこの点に関する道路交通法の解釈は誤っている。)。しかし、本件で検察官が訴追し、原判決が有罪と認定したのは、タクシーやバスの駐停車している部分における右側通行ではなく、客待ち中のタクシーの先頭車の側方を通過したあとの右側通行であることはいうまでもない。

五、ところで、前記のとおり、被告人車は、現場手前の左側のタクシー乗り場に一列となって客待ちのため停車している数台のタクシーの右側を、道路右側部分へはみ出して進行して来て、先頭のタクシーの右側を通り過ぎた後も、左方へ進路を変えることなく、車体全部を道路の右側部分へはみ出したまま進行を続け、約六〇度右に曲った地点を通り、進路前方左側に停車中のバスの右側を、右側通行のまま通り過ぎようとしたものであることは、被告人も認めるところであって、関係証拠により明らかである。

六、所論は、右のようなタクシーおよびバスの位置ならびにその間の間隔に照らして、自動車の運転者にとって、タクシーの右側を通過した後、一旦左側部分へ進路を変更し、バスに接近してからあらためて右方へ進路を変更することは、不可能である、もし、たまたまその間に進路を左方へ変える車両があるとすれば、それは、右側部分に歩行者がいるなどの障害がある場合に限られるが、本件被告人の場合はそれに当らないという。

しかしながら、前記のとおり、タクシーの先頭とバスの後尾との間には、約二〇メートルも間隔があったほか、前記検証調書によれば、道路が右方へ約六〇度も急に屈折している地点が、右二〇メートルの間隔の間にあること、ならびに、右屈折点の内側には、道路に接して前記パチンコ店および喫茶店の建物が建てられており、屈折点の手前からは屈折点の先方の見通しがきかないことが認められること、本件現場は道路交通法四二条二号にいう「道路のまがりかど附近」に該当し、車両等が徐行しなければならない場所であることなどに鑑みると、徐行している車両が右二〇メートルの間隔において左方へ進路を変えることは技術的にみて必らずしも不可能であるとはいえず、むしろ交通の安全上左方へ進路を変えることが義務付けられているものと考えなければならない。被告人車が時速約二〇キロメートルという、かなり低い速度で進行していたことは、被告人自身公判廷において認めるところであり、そうであれば、右二〇メートルの間において左方へ進路を変えることは、なんら被告人に不可能を強いるものとはいえない。しかるに、被告人は、自車の車体を完全に道路右側部分へはみ出させたまま進行したのであって、被告人が、なすべきこと、かつなしうることをなさなかったことは明らかである。

七、所論は、原判示時刻ころは、タクシー乗り場からタクシーが次から次へ発進していたから、タクシー乗場に停車中のタクシーの先頭とバスの停車位置との間には、左車線上に車両があり、被告人が左車線へ入ることは不可能であったという。しかしながら、被告人の原審および当審公判廷における各供述によれば、タクシー乗場より発進するタクシーの時間的間隔は七秒ないし一〇秒くらいであったこと、被告人車と、その前を行く、発進したばかりのタクシーとの車間距離は約六メートルもあったことが認められるから、被告人車が道路左側部分へ入ろうとしても、入れないほど、タクシーが間断なく発進していたものとは到底考えられない。所論指摘のとおり、原裁判所の検証調書には、「バスが被告人指示の位置に停車し、左側に乗場より発進したタクシーが走っている場合、……後続車両のことを考えると、本件カーブ地点で、進路を左に変更し、左側道路を走行することを期待することは困難である」旨の記載があるが、右記載は、被告人車の左側にタクシーが並進している場合のことを指していることが明らかであるところ、被告人の原審および当審公判廷における各供述に照らしても、被告人車の左側を現にタクシーが並進していたとは認められないから、所論は採用できない。なお、タクシーが次々と発進していたことから考えると、タクシーの進路上に歩行者やタクシー待ちの客がいたとは思われず、従って、そのために被告人車が左側部分へ入れなかったという事実も認められない。

八、所論は、バス停留所前にバスが停車している場合には、被告人車に限らず、どの車も、本件現場において一旦左側車線へ入ることなく、そのまま右側車線を進行し、例外的に左側車線へ入るのは右側車線に歩行者がいる場合だけであるという。しかしながら、≪証拠省略≫によっても、タクシー乗り場にタクシーが停車し、バス停留所前の道路上に(道路脇の広場でなく、本来の道路上を指す。)バスが停車しているという条件の下においてさえ、被告人車と同一方向に進行する自動車のうち、本件現場において、車体を完全に右側部分にはみ出して進行する車両はむしろ少数であり、多数の車両が、左方へ進路を変更して、中央線をまたぐ状態で、あるいはさらに、車体全部を左側部分へ入れて進行していること、ならびに、このように進路を左方へ変更するのは、右側部分に歩行者がいたり、対向車があったりする場合に限らず、かような障害のない場合にも行なわれていることが認められる。してみれば、すべての車両が特殊の場合を除き右側通行をしているという状況は認められず、所論に添う≪証拠省略≫は、前記証拠と対比し、措信することができないから、所論は採用できない。

九、所論は、本件以外には、本件現場を右側通行したため起訴された例はないという。しかし、他に起訴された例がないからといって、被告人の刑事責任に消長を来たすものではない。とくに本件の場合は、本件現場で対向して来た村松房雄運転の原動機付自転車と、被告人車の正面衝突による物件事故も発生したのであるから、捜査官が本件を検挙するに至ったことが違法不当であるとする根拠はない(なお、本件現場は一方通行の場所ではないから、村松房雄が対向進行して来たことが違法であるとはいえない。)。

一〇、所論は、本件現場は、道路状況からして、反対方向からの車両の進入を許可できるような状態にはなかったという。しかし、公安委員会が、ある道路について双面通行を認めるか、一方通行の規制をするかは、地域全体の交通の円滑、安全、周辺の住民の便宜等を大局的に考慮して決するのであって、とくに、本件現場においては、大衆の足としての路線バスの操車の便宜、ベルモンテ横の駐車場の利用者の利便等を考えると、公安委員会が一方通行の規制をしなかったことが、違法であるとはいえない(一方通行と定めることが望ましかったかも知れないが。)。≪証拠判断省略≫

一一、弁護人は、当審の最終弁論において、本件現場には、看視員(都職員によるバスの誘導員と認められる。)がいて、被告人は、停車しているバスの右側を、看視員の誘導により進行した(一審本人供述)ものであると主張する。しかし、被告人が原審公判廷において、看視員の誘導により右側を進行した旨供述した事実は、記録を精査しても、見出すことができず、他に、所論に添う証拠はない。のみならず、もし、被告人が、誘導員による誘導によって右側通行をした事実があるならば、タクシー運転手で、それまでに交通事故や交通違反で何回となく取調を受けたことのある被告人が、右のような有力な弁解を、取調の当初から試みないはずはありえないものと思われるのに、捜査官に対しそのような弁解をした形跡もない。被告人が他の者の誘導に従って、右側部分を通行したものとは認められない。

一二、してみれば、被告人が本件右側通行をしたことが、道路交通法一七条四項に定める例外の場合に当らず、違法性を阻却されないと認定した原判決には、事実誤認のかどはない(前記のように、原判決は、被告人の行為が違法性を阻却されないと判断した理由中において、道路交通法一七条四項三号に基いて説明すべき点を同条同項二号に基いて説明している点において、道路交通法の解釈に誤りがあるといわざるをえないが、結局、被告人の行為が許されないとする結論には変りはないから、右の誤りは判決に影響を及ぼすものではない。)。

一三、なお、弁護人は、当審の最終弁論において、被告人の本件行為については、期待可能性がない旨主張する。しかし、前記のとおり、被告人が本件のような形態で右側通行をする以外に、他の方法によって通行することが期待できなかったとは考えられないから、所論は採用し難い。

一四、控訴趣意第一、一の論旨は、すべて理由がない。

第二、一、控訴趣意第一、二は、原判示第三の覚せい剤取締法違反の事実につき、事実誤認を主張し、本件は、土田が被告人に本件覚せい剤一包を押しつけ、被告人は、これを廃棄することにより、同人に対する貸金が返って来なくなる危険があるため、そのままこれを自分の支配内に置いたに過ぎず、所持したものではないというのである。

二、よって記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件覚せい剤所持の事実は、原判決挙示の関係証拠により、優にこれを認めることができ、原判決に事実誤認があるとは考えられない。

すなわち、前記関係証拠によると、被告人と運転手仲間である土田眞一は、昭和五〇年一月四日の夜から、翌早朝にかけて、被告人から二万円を借りて、被告人の自動車で横浜市まで覚せい剤を仕入れに行き、翌五日朝同人方に帰って来て、被告人に対し、「金は今日夕刻までに作るから、それまでこれを持っていてくれ。」といって本件覚せい剤一包を借金の担保として被告人に渡すため、同人方六畳間のこたつの上に置いたうえ、用事があるといって外出してしまったこと、土田が出掛け、同人の内妻だけ残った同人方で、被告人は右覚せい剤を同人に対する貸金の担保として預り、自らの直接占有下に置いたことを認めることができる。右の事実によれば、被告人は、本件覚せい剤を、土田その他より暴行、脅迫等を受けることもなく、任意に、自己の判断の下に、貸金の担保として占有することが得策と考え、これを自己の支配下に置いたものであって、法的に評価すれば、覚せい剤を所持したものであることは、疑いを容れない。このことは、被告人の原審および当審公判廷における各供述をすべて信用するとしても、結論に変るところはない。

三、所論は、原審証人土田眞一は、被告人に対し、夕刻までに金を返すから、それまで預ってくれといって、本件覚せい剤を手渡し、被告人は納得してこれを受け取ったものと思う旨供述しているが、同人は当時覚せい剤の中毒状態にあり、その供述は信用性に乏しいという。しかし、同人の供述内容を検討しても、とくに不合理、不自然な点はなく、≪証拠省略≫とも合致し、原判決の認定する範囲内においてその信憑性に欠けるところはないと認められ(る。)≪証拠判断省略≫

四、弁護人は、当審の最終弁論において、本件には期待可能性がないと主張する。しかし、前記のとおり、被告人が本件覚せい剤を所持するにつき、暴行、脅迫その他抵抗し難い強制下になされたという事情は全くなく、また、被告人は、昭和四八年三月二日覚せい剤取締法違反により罰金三万円に処せられた前科があり、法定の除外事由のないのに覚せい剤を所持してはならないことを、十分に知っていたものと認められるから、被告人の本件所持につき期待可能性がなかったとは、到底いえない。

五、控訴趣意第一、二の論旨は、すべて理由がない。

第三、一、控訴趣意第二は量刑不当を主張し、犯情に照らして、原判決の量刑は重きに過ぎるというのである。

よって記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討する。

二、本件の事実関係は、原判決が認定判示するとおりであって、被告人は、第一、昭和五〇年一月七日および同月九日の二回普通乗用自動車を原判示場所で無免許運転し、第二、右同月九日、原判示場所で右側通行をなし、第三、同月五日ころ、法定の除外事由がないのに、土田眞一方において、覚せい剤約〇・一五グラムを所持したというものである。

三、関係証拠によれば、

(一)、被告人は、昭和三〇年代の交通関係の罰金刑の前科二犯をしばらくおくとしても、同四六年に業務上過失傷害罪で罰金一万八千円に、同四七年に、恐喝罪で懲役一年六月、四年間執行猶予、保護観察に、同年自転車競技法違反で罰金五万円に、同四八年に前記のとおり覚せい剤取締法違反で罰金三万円に、同年賭博開張図利幇助罪(ただし前記恐喝罪の余罪)で懲役六月、四年間執行猶予に、同年道路交通法違反(信号無視および速度違反)で罰金八千円および一万五千円にそれぞれ処せられた前科があり、本件各犯行は右二つの懲役刑の執行猶予期間内に行なわれたものであること、

(二)、右前科のうち交通関係以外のものは、被告人が暴力団住吉連合日野一家川口総長直系吉野正二こと黄雲伊の子分となったころ犯したものであること、

(三)、被告人は各種の交通違反を重ね、昭和四九年一月に運転免許を取り消されたのに、東亜交通株式会社へ、免許取消の事実を隠して、タクシー運転手として就職稼働し、原判示第一および第二の各犯行をしたこと、

(四)、被告人は昭和五〇年一月五日ころ担当保護司加藤貢のもとへ家族そろって新年のあいさつに赴き、「今年はまじめにやる。」と誓ったのに、その前後ころ本件一連の犯行をしていること、

(五)、被告人は、原判示第三の犯行のころ、自らも覚せい剤を注射使用しており、土田方へ覚せい剤を射ちに来た永井忠から、「注射器がないか。」と尋ねられるや、ポケットから注射器を出して貸し与え、その際「俺も持っているよ。」といって覚せい剤らしいものの包みを見せつけるなど、当時覚せい剤に親しんでいたものと見られること

などの諸事情がうかがわれ、被告人の犯罪的傾向は著しく、とくに本件第三の犯行の罪質にかんがみると、その刑事責任は重いものといわなければならない。

四、してみると、被告人は、現在は反省悔悟し、まじめに仕事を続け、保護司の監督にも服し、家庭も円満であること、現在はやくざと縁を切っていること、被告人が自由刑の執行を受けると、被告人の妻子が生活に困窮するかも知れないこと、そのほか所論指摘の被告人に有利な諸事情を十分に斟酌するとしても、被告人に対し懲役八月(求刑懲役一年)を科した原判決の量刑は止むを得ないところであって、決して重きに失して不当であるとはいえない。この点に関する論旨も理由がない。

第四、よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引紳郎 裁判官 石橋浩二 藤野豊)

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